小林秀雄と古典
小林秀雄は、戦争中、とてもあざやかな古典論を展開した、数すくない批評家でした。鮮明なイメージはどこにあったかといえば、西欧の近代文学への強い理解力から日本の伝統的な社会の、伝統的な物語の世界を、こちら側に引き寄せてみせたことです。当時では、もう画期的なことでした。
小林秀雄を読む
小林秀雄はわが国の近代批評の祖のような批評家で、文学批評のなかに「自意識」という起源を定めたときに、はじめて日本の近代批評がはじまったといえます。それ以前の批評では、他者を批評することはじぶんを批評することとおなじだという意味で、文学の批評が成り立っているといった批評文は存在しなかったと言っていいくらいです。
中原中也・立原道造
中原中也と立原道造、両者に共通なところはどこかというと、読者の側からいうと、青春期のある時期に必ずといっていいぐらい文学、あるいは詩に関心のある青年はこの二人の詩集を読んで育っているわけです。
ご本人たちは、自然に対する表現感覚をさして変更することがほとんどないうちに亡くなってしまった、夭折したということがあります。それはなぜいまも、多くの文学の好きな人に読まれているかという非常に大きな原因だと僕には思えます。
(本文抜粋)──吉本隆明
目次
【CD1】
小林秀雄と古典
一 古典意識
古典があざやかに浮かび上がる
イ 『徒然草』
モンテーニュの『随想録』に匹敵する
ロ 『一言芳談抄』
「疾く死なばや」
ハ 『平家物語』
三つの重層的な言葉
本当の『平家物語』の世界
【CD2】
小林秀雄と古典
木曾義仲にシンパシー
二 伝統と自然
『平家物語』と『源氏物語』
小林秀雄を読む
1 批評の起源
「自意識」という批評の原理
批評の戦略としての「からめ手から」
小林秀雄の恋愛体験
漱石の三角関係の表現
小林秀雄から近代批評が始まった
2 初期からの離脱
「自意識」から「生活」へ
『ドストエフスキイの生活』の意味
【CD3】
小林秀雄を読む
作るものと作られるもの
同一性という枠組を作る
ペトラシェーフスキー事件
賭博体験
「生活」と文学作品
晩期の小林秀雄=古典論
歴史と伝統の枠組を出る
共同意識の問題に到達
【CD4】
中原中也・立原道造
一 中原中也
強固な閉じられた自分の世界
絶対感情をもとに考える
宮沢賢治の恋愛感情
立原道造の恋愛感情
自然詩人
五官でとらえる自然
自然感情の段階
昭和の詩の新しさ
ダダやシュールレアリズムの影響
「脳髄のモーターのなかに」
「トタンがセンベイ食べて」
【CD5】
中原中也・立原道造
なぜ中也がおもしろいか
「サーカス」
倫理的な表現
異化作用
昭和の不朽の古典詩人
中也の中期以降の変化
中也の本質は自然詩人
中原中也の三角関係
自伝的自画像
二 立原道造
自然を具象物としてうたわない詩人
【CD6】
中原中也・立原道造
「追憶」「忘却」
立原道造の恋愛
倫理の転換期
立原道造の人間関係
生活を書くか抽象を書くか
解決しなければならない問題